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鍛冶町と宗道神社 2013. 11. 28(木)
観光 / 町歩き 城西地区
鍛冶町と宗道神社鍛冶町 【かじまち】 森氏の入封以来、刀鍛冶と鍛治職人が多く住んだ町なので、鍛冶町と称したとされる。 実際、江戸時代を通じて、数多くの刀鍛冶や鍛治職人が住んでいた。 刀鍛冶は、武士の需要を満た
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新魚町の町並みと三寶荒神社  2013. 11. 5(火)
観光 / 町歩き 城西地区
新魚町の町並みと三寶荒神社 新魚町 【しんうおまち】 城下町の初期には、現在の元魚町に魚類を扱う商人を置いたが、後に、この町で魚類を扱うようになったので、新魚町と称するようになったと言われる。 十七世紀初め頃の話に古魚町の
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元魚町商店街 2013. 11. 17(日)
観光 / 町歩き 城西地区
元魚町商店街元魚町 【もとうおまち】 城下町の初期には魚を扱う商人の町であったが、その南に新しい魚屋の町ができたために、古魚町と呼ばれ、後に、元魚町と改められたという。新しくできた魚屋町は、新魚町と称して、城
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本町二丁目・三丁目の商店街 2013. 12. 10(火)
観光 / 町歩き 城西地区
本町二丁目・三丁目の商店街本町二丁目・三丁目 【ほんまちにちょうめ・さんちょうめ】 江戸時代には、二丁目・三丁目と称していたが、昭和になって本町が付けられた。古くは、元魚町の旧名が一丁目であったため、その西に続く町として、
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京町と商店街 2013. 11. 12(火)
観光 / 町歩き 城西地区
京町と商店街京町 【きょうまち】 津山城の大手門(京御門)前を東西に伸びる商人町で、元は、東京町と西京町に分かれていたが、寛文頃(一六六一〜一六七二)に統一して京町としたという。また、元から京町と称していて、
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二階町のお店 2013. 11. 16(土)
観光 / 町歩き 城西地区
二階町のお店二階町 【にかいまち】 津山城の二階町門の前に、堀に沿って南北に続く町で、一説には、森藩時代の初期には、二階町を西京町と称していたが、その後、豪商の蔵合家が二階建ての家を建てたので、二階町と称した
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入り組んだ町並み堺町 2013. 11. 12(火)
観光 / 町歩き 城西地区
入り組んだ町並み堺町堺町 【さかいまち】  元は木知ヶ原町(吉ヶ原)と称していた。木知ヶ原というのは、吉井川下流の村の名で、その村の出身者が木知ヶ原町に移り住んだと伝えられている。 元禄十二年(一六九九)に境町と
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小性町と西松旅館 2013. 11. 12(火)
観光 / 町歩き 城西地区
小性町と西松旅館小性町 【こしょうまち】 津山城築城当初、住居がまだ完成していなかった中小姓身分の武士を仮にこの地に住まわせたことからその名が付いたといわれている。中小姓とは士分と足軽の中間に位置する下級武士で
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船頭町と吉井川 2013. 11. 12(火)
観光 / 町歩き 城西地区
船頭町と吉井川船頭町 【せんどうまち】 江戸時代、吉井川では数多くの高瀬舟が人や荷物を運び、流通の要となっていた。 当時、津山の城下町に属する船としては、五十四艘の高瀬舟が運航していた。船主として高瀬舟稼ぎを
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山下と津山城 2013. 11. 10(日)
観光 / 町歩き 城西地区
山下と津山城山下 【さんげ】 津山城の堀の内側には、藩主の一族や重臣たちの広大な屋敷が建ち並び、その一角には学問所や米蔵なども設けられていた。この地域を、江戸時代には内山下と呼ぶこともあったが、明治時代に山下
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